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離れていても、心に宮津を…子どもたちに郷土愛を育む「ふるさとみやづ学」

故郷を懐かしく思い出すのは、どんな瞬間ですか?水を湛えてキラキラと光る田んぼの風景、漁港に響く威勢のいい声、蚊取り線香の香り、おばあちゃんの作る玉子焼き。脳裏に浮かぶ故郷の情景は、子どもの頃の記憶でできているように思います。

今回ご紹介するのは、「ふるさと」をテーマに取り組む宮津市オリジナルの教育カリキュラム。その名も、「ふるさとみやづ学」です。

「教育」は、まちづくりの一環である

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2018年度からスタートした「ふるさとみやづ学」は、宮津市が独自に進める小中一貫教育のカリキュラムです。授業の題材は、宮津の豊かな自然や食文化、伝統産業、歴史・文化遺産といった地域資源の数々。さまざまな体験的学びを通して自分の生まれ育ったまちを深く理解し、故郷に誇りと愛着を持てる人を地域全体で育てたいという願いから始まりました。
特徴的なのが、幼稚園から中学3年生までの実に10年間をかけて行う体系的な学び。「教育はまちづくりの一環である」ともいえるこの取り組みについて、宮津市教育委員会 学校教育課の森本真太郎さんにお話を伺いました。

地域のお母さん方に学ぶ伝統料理「ばら寿司」

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宮津市内には6つの小学校と2つの中学校があり、「ふるさとみやづ学」では、学校が地域の特色を生かした授業をそれぞれに行っています。現場の先生方が試行錯誤しながら企画しているからこそ、オリジナリティあふれる内容になっているんですね。

宮津市須津にある吉津小学校の5年生たちは、丹後地方の郷土料理「ばら寿司」作りに挑戦しました。ばら寿司は、古くからお祭りの日やお正月などハレの日にふるまわれる伝統的なちらし寿司です。

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甘辛く煮たサバの身をほぐした"おぼろ"(そぼろ)をたっぷり散らすのが味の決め手です。作り方を指南してくれるのは、ばら寿司作りの名人である地元のお母さんたち。昔はどこの家庭でも作られていたばら寿司ですが、時代とともに作れる人が減ってきているのだそう。誰かが受け継がないと、いつかは消えてしまう。そう考えると、郷土料理って無形文化遺産なんだなと、大げさでなくそう思いました。

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宮津では、多くの小学校で米作りの体験が行われます。地域の方から田んぼをお借りし、指導もいただきながら、田植えから収穫までを行う農業体験。ばら寿司作りは、自分たちで育てたこのお米を使って行います。単なる調理体験ではなく、そこには農業、伝統文化の継承、食育、コミュニケーションなど、さまざまな学びが詰まっているのです。

明日の宮津を担う人づくり

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他の多くの地方都市と同じように、宮津で育った子どもたちも進学や就職を機に、多くが故郷を離れていきます。
「もちろん、いつか宮津に戻ってきてくれるのが一番良いのですが、たとえ戻ってこなくても故郷のことをずっと心に留めて、愛着や想いを持ち続けていく人を育てることがふるさとみやづ学のテーマ。合言葉じゃないですけど、『離れていても、心に宮津を』というのが、私たちの想いです」と、森本さん。

そんな想いから、ふるさとみやづ学では宮津の良いところだけでなく、地域が抱える課題を考える機会もしっかりと織り込まれているのだそう。

故郷の風景を守るために

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教室の窓から天橋立の絶景を一望する、府中小学校。子どもたちは、天橋立の魅力をより多くの人に知ってもらうためのポスター作りに取り組みました。そこには、美しい天橋立の風景が、そう遠くない未来に失われてしまうかもしれないという背景があります。

天橋立は、白砂青松と称される通り、白砂と約6,700本の松林でできています。松の木というのは、もともと砂地のように栄養の少ないところでしっかりと根を張るもの。ところが、現在の天橋立はその土壌が栄養豊富な腐植土になってしまい、そのせいで松以外にも多様な植物が育つようになりました。一方で松の木は、腐植土の影響で根を広範囲に張らなくても栄養が摂れるため、根張りが悪くなり倒れやすい状態に。
一体なぜ、そのようなことが起きているのでしょうか。

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実は、腐植土の原因は松の木から落ちた枝や葉の堆積によるもの。昔の人はそれらを拾い集め、お米を炊いたりお湯を沸かす燃料にしていたのですが、ガスや電気の普及によってその必要がなくなってしまったというわけです。現在は、地域の人たちの協力で落ち葉や松葉を拾ったり、雑草を抜いたりすることで天橋立の景観を守っているそう。

毎日当たり前にある景色が、いつかなくなるかもしれない。子どもたちはその事実を受け止め、故郷の風景を守るためにポスター制作を行うことになったのです。

「良い部分だけを見せるのではなく、子どもたちも地域の担い手の一人として地域課題に向き合ってもらいたい。『じゃあ、自分たちには何ができるだろう、子どもだからこそできることは何か』ということを考えてほしいんですね。地域課題を"自分ごと"として考えるきっかけになればいいなと」

小学生の考えた宮津名物が、レストランのメニューに!

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サワラや岩ガキをはじめ、豊かな海産物を育む栗田湾に面した栗田小学校では、「ふるさと納税学習」に取り組みました。ふるさと納税は、宮津市にとっても貴重な財源であると同時に、返礼品を通じて宮津の魅力を多くの人にアピールするチャンス。
宮津市商工観光課の協力で、ふるさと納税の仕組みや現在の返礼品事例について学び、未来の返礼品となり得る新しい「宮津名物」のアイデアを子どもたちで企画していきます。

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グループごとに話し合い、試行錯誤を重ねながら完成した案は7つ。『天橋立カップケーキ』、『アジのオリーブ丼』、『クジラカステラ』などなど、宮津の海で獲れた新鮮な魚や、近年新たな名物として注目されるオリーブオイルなどを使った個性派が揃いました。地元の事業者を訪問して調査し、さまざまな特産品を研究してきたとあって、クオリティが高い…! 宮津の魅力をたくさんの人に届けたいという真剣な想いが伝わってきます。

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さて、次なるステップは自分たちの案を実現してくれる“パートナー”を見つけること。そこで、市内の飲食事業者に集まっていただき、メニューの商品化をめざしてプレゼン会を実施することになったのです。子どもたちの熱のこもったプレゼンテーションに、参加したみなさんも真剣な表情。なんと、5つの事業者が4つのメニューを採用してくれることとなりました。

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アジのオリーブ丼は、観光商業施設『ととまーと』内のレストランで販売。クジラカステラは『おにぎりとおやつmusubi』で取り扱っていただき、発売日当日には子どもたち自身の手によって販売を行いました。

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「他には学校給食の献立に採用してもらったメニューもあります。一部だけではなく、どのグループが考えたメニューも何らかの形で実現することを大事にしました。自分の考えたものが商品化されるという体験、地域のために、自分が力になれたという経験は、自己肯定感や自己有用感にもつながります。そこからまた、故郷への想いが強くなっていくんだと思います」そう森本さんは話してくれました。

※なお、新型コロナウイルスの影響で調理実習による試作が叶わず、宮津市が連携協定を結ぶ「学校法人大和学園」の協力を経てレシピを完成。宮津市のHPにレシピを掲載していますので、ぜひご覧ください!
https://www.city.miyazu.kyoto.jp/soshiki/9/8419.html

地域のみんなが子どもたちの先生

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今回、取材にご協力いただいた森本さんは、もともと小学校の先生として、宮津市内の学校で子どもたちを教えていました。そんな森本さんへ、最後にこんな質問を。森本さんが思う宮津の魅力ってなんですか?

「学校現場の人間として感じたのは、とにかく地域の人たちが温かいということですね。ばら寿司作りでは、私も教員としてお世話になりました。子どもの成長を見守ってくださっている方々がたくさんいらっしゃいます。子どもを中心に、つねに学校と地域が一緒になって子どもたちを育てているという実感がありました」と、森本さん。

また、「ふるさとみやづ学」は2021年度から、近隣の高校との連携も始まっているそう。「今後はさらに多くの方々と共に、一人ひとりが宮津市のまちづくりを支えるんだという気持ちが高まっていくような、宮津市民にとっての『ふるさとみやづ学』へと発展させていきたいですね」と、思いを語ってくださいました。

米作りを助けてくれる農家さん、ばら寿司名人のお母さんたち、伝統産業を守り続ける職人さん…まさに、「ふるさとみやづ学」は、地域の人々の協力なしには成り立ちません。まち全体が教科書で、地域の人みんなが先生。そこにこそ、未来へと受け継ぎたい郷土愛のDNAが息づいているような気がします。