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地元のスゴイお宝が眠る!京都府立丹後郷土資料館

今回、ご紹介するのは「京都府立丹後郷土資料館」です。
宮津市の国分寺エリアでひときわ目立つこちらのミュージアム、皆さんは訪れたことがありますか?
丹後郷土資料館は、京都府北部の歴史的な資料から美術工芸品など、約12万点の展示品を有しており、その中にはなんと国宝や重要文化財も含まれています。熱烈なファンが多いとも聞くこちらの資料館、一体どのようなミュージアムなのでしょう?

京都府立丹後郷土資料館ってどんなところ?

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京都府立丹後郷土資料館、愛称「ふるさとミュージアム丹後」は、昭和45年(1970)に、京都府北部の歴史・美術・考古・民俗などの資料を収集・保存・調査・研究して展示等で活用することを目的としたミュージアムとして開館。2020年には開館50周年の節目を迎えました。
建物は奈良の正倉院の校倉造(あぜくらつくり:伝統的な倉庫の建築様式)がモチーフとなっているそうで、展示室や収蔵室、資料室や研修施設を備えています。
展示のほか、ワークショップや講座も充実しており、見て学べる、体験して楽しむことができるミュージアムなんですよ。

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それでは、まず1階にある展示室からご紹介。
1階は常設展として、「考古」「歴史」「民俗」の3つのエリアに分けて丹後地域の展示を行っています。
それぞれどのような展示があるかというと……

【考古エリア】縄文時代から古墳時代にかけての地域の特色を示す資料を見ることができます。縄文土器・陶塤(土笛)・玉・ガラス・鉄器・埴輪など、かつてこの地に存在した古代人の生活を感じられます。
【歴史エリア】中世から近世の美術工芸や歴史資料が並びます。雪舟によって描かれた「天橋立図」のレプリカも飾ってあり、間近で見ることができますよ。
【民俗エリア】海と共に生きてきた丹後の人々の漁業にまつわる道具や船、北前船関連の資料や、丹後の伝統的織物「藤織り」に関する展示が行われています。

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2階は、年に5回ほど行われる特別展の展示室となっています。
取材時は、「うららの海の文化遺産-海と人の持続可能なつきあい方を考える-」というテーマで、漁具や海の漂流物、北前船関連の資料など昔のものから現代のものまで展示されていました。
スーパー漁師の本藤さんを迎えて丹後の海の今とこれからを考える講演なども開催。このように、企画展では展示内容に関連した専門家にアプローチし、講演などを行ってもらうことも多いそうです。
過去にも興味深い企画展が多数開催されており、国宝「天橋立図」(雪舟筆)も、2020年に本物の里帰り展示が行われ、多くの人々が足を運びました。

学芸員さんに聞いた!ぜひ見て欲しい館内の見どころ

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このように、丹後や日本の歴史や考古学、民俗学に興味がある人はもちろん楽しめる場所なのですが、歴史に疎い人でも興味が湧くきっかけとなるような見どころや楽しみ方を、学芸員さんに教えてもらいました!

①美しい古代人のアクセサリー

宝石メイン

丹後半島の最盛期ともいえる弥生時代あたりの出土品の中には、目を引く美しい装飾品が存在します。
大陸との交易が盛んだったことで、この時代は丹後地方が日本最先端の場所のひとつだったそう。安定した大陸との交流の中で、これまで日本人が見たことのない装飾品が次々と渡来。後に、装飾技術も日本へ伝わり、現代で作られたと言われても違和感ないほどファッショナブルな装飾品がたくさん作られていきました。
見ていて楽しい、古代人の魅惑のアクセサリーを一部紹介します。

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こちらは「ガラスくしろ」(※)と呼ばれる弥生時代後期のブレスレットです。与謝野町岩滝の大風呂南1号墓(弥生王墓)で発掘されたもので、被葬者の腕手首にはめられていたと思われます。
現在、国内には4遺跡で8点のガラス釧が発見されていますが、完全な形で残っているのはこの1点だけだそうです。この時代、まだ大きなガラスを作る技術は国内にはなかったようですが、権威を示すために大陸からの渡来品を身につけていたのではないかと考えられています。
青いガラスが美しく、透明度も高くて気泡が見てとれる美しい腕輪です。

※取材時は借用展示されていた本物を見ることができましたが、通常、資料館の常設展ではレプリカが展示されています。

宝石

弥生時代後期を中心に、東アジアでは青いガラスが流行していました。その情報を真っ先に取り入れていたのが、日本では北九州と丹後だったと言います。まさに時代の最先端の証たるガラスの装飾品です。
そのせいか、丹後地方では勾玉まがたまやガラス玉などの装飾品がたくさん出土しています。

②土器の文様から当時の生活を推測する

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こちらの縄文土器をよく見てみてください。驚くべきは装飾の美しさです。
この土器からわかることは、これだけの手間暇をかけて土器を作った人は今日明日の衣食住に困ってはいなかっただろう、ということです。穏やかな海と豊かな山や川に囲まれて食べ物も豊富、とても住みやすく栄えた場所だった……ということが窺えます。
この時代、温暖化によって食料を求め移動することがなくなり、定住社会に移行すると、文化が世代を超えて安定的に伝わり、その中で新たな創意が加えられ、文様は複雑化します。さりげない土器の文様から、当時の人々の暮らしや土地の気候まで推し量ることができる……考古学の面白い側面です。

③ここでしか見られない貴重な展示品

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写真の金色の剣は、『金銅装双龍環頭大刀こんどうそうそうりゅうかんとうたち』という刀です。
京丹後市久美浜の丹後湯舟坂二号墳で見つかったものですが、発見された時は地元が騒然となったそう。
この刀は、柄頭に龍が向かい合って玉をくわえているデザインの飾りが付いたもので、大小2対の龍が表現されている例はほかにありません。金銅で装飾された大刀のほぼ全体が良く残っている点でも珍しく、古墳時代を代表する装飾大刀のひとつです。
実物は修復中のため展示されているものは複製品ですが、一見の価値ありの展示物です。

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宮津と言えば北前船! 江戸時代から明治時代にかけて日本の貿易の中核を担っていた北前船の模型も展示されています。こちらは天保8年(1837)に船大工が作ったもので、航海の安全を祈願して神社に奉納されたものです。こんな間近で見ていいの!?となるくらい、迫力大な模型です。
これは是非、現地で実物を見て欲しいものですね。

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学芸員さんイチオシ!こちらの狛犬のゆるかわな顔を見てください。
これらも貴重な展示品で、なんと南北朝時代(文和4年)の狛犬です。年代がはっきり刻まれている石の狛犬の中では最古のものだと考えられているそうです。
なんともユニークな表情をしており、見ていて微笑ましくなりますね。

建物の外にも注目!古代人が見た景色

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京都府立丹後郷土資料館の見どころは館内だけではありません。
立地と、資料館から見える景色、これらも大きな見どころのひとつです。
眼下に見えるのは天橋立、ここからの眺めが理由のひとつとなって、奈良時代に“国の華”と称された国分寺が建てられました。
丹後国分寺があった場所に、丹後の歴史に触れられる施設である郷土資料館を作ったのです。

丹後国分寺について詳しくは、以下の記事をチェック!

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この眺望は近年、「天平観てんぴょうかん」と名付けられ、飛龍観や昇龍観と並んで天橋立の「五大観」のひとつに数えられています。
普段は天橋立の自然景観としての魅力ばかりがピックアップされますが、ここに来れば史跡も目の前にあり、天橋立の歴史的な深みというものを知ることが出来ます。
なぜここに国分寺が作られたのかを考えると、自ずとこの地域の歴史的な背景や価値に気が付く……そういったことから国分寺建立の詔が出た天平の時代の名前をとって、天平観と名付けたそうですよ。

天平観については、天橋立#3:五大観の記事を読んでみてくださいね。

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資料館の建物に隣接している「旧永島家住宅」(京都府指定有形文化財)は、江戸時代に宮津藩の大庄屋(村のリーダー)を務めた農家の住まいを移築復元したもので、築180年の古民家です。資料館と併せて、こちらも見学可能。昔の生活道具が展示されてあり、当時の農民の暮らしぶりを体感することが出来ます。お座敷に上がって天橋立を見ながらのんびりすることもできるそうで、人気の過ごし方だそうですよ。
陶芸作品などの展示会などが行われたり、地元の子供たちが釜でご飯を炊く体験や、紙すき体験などの学校教育の場としても利用されているそうです。

資料館のバックヤードは未来へ託す地域の宝物でいっぱい

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再び資料館に戻り、今回は特別に資料館のバックヤードを見せてもらいました!資料館には3名の学芸員が在籍し、日々、研究や調査を進めているんですよ。館内には住民から寄付されたという船や、農具など昔の暮らしの道具がたくさんありますが、それらを保管している別棟の収蔵庫を見学させてもらいました。

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こちらは、「雌雄鑑別器」と呼ばれるもので、繭の中のサナギが雄なのか雌なのかを調べる道具です。通常、オスよりもメスが入った繭の方が重量は重くなります。本器の皿に繭を1粒ずつ載せて回転させると、軽い繭(雄)は本体に取り付けられたアームに引っかかって落下し、重たい繭(雌)だけ皿に残るようになっています。まるで繭のメリーゴーラウンドのようなユニークな道具です。

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これは「検尺器」と呼ばれるもので、繭から得られる絹糸(生糸)の太さを調べる道具です。器具の正面にあるハンドルを回して、背面にある枠に一定の長さの生糸を巻き取り、その生糸が何グラムあるかで糸の太さを判断します。
これらは養蚕に使っていた道具です。丹後地方は、高級絹織物「丹後ちりめん」で隆盛した地域。このような昔ながらの珍しい養蚕道具も、大切に保管されています。

資料館のバックヤードにあるものは、家を建て替えたり蔵を潰したりする際に市民から寄付されたり、寄託されたものがほとんどだと言います。
昔の人が暮らしの中で使用していた大切な歴史の証人である道具たち。捨ててしまうことは簡単にできますが、こうして資料館へ保管されることで、未来へと当時の人々の暮らしぶりが伝わっていくのだなと感じました。

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海のまちならではの展示物もありました。
こちらは、船大工さんが「自分の技術を後世に伝えたい」と、製作してくれた船だそうです。

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一風変わった形状のこちらは土葬に使っていた葬祭用具で、地元では輿こしと呼ばれているものです。この中に棺桶を入れ、ながえと呼ばれるかつぎ棒をつけて、土葬する場所まで運びました。昭和30年代くらいまで使われていたそうです。
写真の輿は一時保管中のもので、これから修理など行う予定。展示物の修繕・修復を行うことも、資料館の重要なお仕事のひとつです。

また、絵画や文献などの資料が納められている倉庫もありましたが、資料の劣化を防ぐために厳重な空調管理などが行われており、見学することは叶いませんでしたが、このように細心の注意を払いながら大切に資料や道具は保管され、未来へとバトンが渡されていくのです。

地元住民と深く繋がり、愛される場所

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京都府立丹後郷土資料館には、企画展が変わるたびに見にくる熱い資料館ファンもいるそうです。
学芸員さんは、「わからないことは学芸員に気軽に聞いてくださいね。手が空いていれば、いつでも答えます!」とのこと。
取材時にも実際にそういうファンのおじいさんと出会い、「ちょっと教えて〜」と学芸員さんに尋ねている場面に遭遇。おじいさんにお話を伺ってみると「故郷のことなのに、意外と知らないことがたくさんあるんです。資料館では、多方面から知ることができるのが楽しいですよ」と答えてくれました。
丹後郷土資料館の展示品の大半が住民からの寄付で成り立っていることと考え併せると、地元との繋がりやコミュニケーションが深いことに気付き、驚き、同時に愛されているんだなとも感じました。

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知れば知るほど面白い丹後の歴史や文化を間近で見て、人々の暮らしの営みを感じることができるのが丹後郷土資料館です。
訪れてじっくり見てみるときっと「自分たちの故郷ってこんなにすごいんだ」「こんなすごいところに住んでいたんだ!」と、地元がより愛おしく感じるのではないのでしょうか。
もちろん、観光客にもオススメですので、宮津を訪れた際はぜひ行ってみてくださいね。

<データ>
京都府立丹後郷土資料館
所在地:宮津市字国分小字天王山611-1
電話:0772-27-0230
開館時間:9:00〜16:30
休館日:毎週月曜(祝日の場合は開館、翌日休)、年末年始(12月28日~1月4日)
観覧料:普通展示)個人200円、団体150円(小中学生は個人50円、団体40円)
特別展示)個人250円、団体200円(小中学生は個人70円、団体50円)


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